何となくのイメージと、事実が大きく乖離していること、しばしば経験します。
1090万人のランナーを詳細に調べた報告(Kim JH et al. Cardiac Arrest during Long-Distance Running Races. Jonathan H. et al. N Engl J Med 2012;366:130-40.)を読むまで、私はマラソンでの心停止に対しこんなイメージをもっていました。
①マラソン中の心停止は他スポーツと比べて多いわけではない
②心停止はマラソンゴール付近が多い
③マラソンでの心停止の原因となる疾患としては、狭心症、心筋梗塞などの冠疾患(心臓への動脈が細くなったり詰まったりする病気)が多い
④心停止を起こす年齢は比較的高め、シニアが多い
でしたが、1000万人以上のランナーを詳細に調べた報告を読んでわかったのですが、私のもっているイメージと現実はだいぶ乖離していました。特に心停止の原因となる疾患に関しては予想外の結果でした。
ハーバード大を中心とする研究者グループは2000年から10年間、ハーフマラソンやフルマラソンに参加した1090万人のデータを詳細に検討、論文として報告しました。
①ハーフマラソンやフルマラソン参加の1090万人中59人が心停止を起こしました。
心停止は10万人あたり0.54人と他スポーツに比べリスクが特に高いわけではありませんでした。これは私のもっていたイメージと同じ。
②心停止を起こすのは、レース最後の1/4が圧倒的に多かった。しかし前半、中盤でも少数ながら起こりうる。フルマラソンに比べハーフマラソンは有意差をもって心停止少なく、比較的安全といえます。
③死因は「肥大型心筋症」「肥大型心筋症の疑い」で過半数を占めました。なんと死亡原因は狭心症、心筋梗塞などの冠疾患ではなかったのです。もちろん心筋梗塞などの冠動脈疾患が原因の心停止もあるのですが、かなりの割合で蘇生されています。(円グラフ左上赤い所)
④原因となる疾患が「肥大型心筋症」ですので、心停止を起こした年齢は42±13才と比較的若い世代に多い。蘇生出来なかった方と蘇生できた方を分けると、死亡者の年齢が33.9±9.5才に対して、蘇生できた人は53.1±6.5。亡くなった方の平均年齢は33才と極めて若年です。
私のもっていたイメージ、半分は正しく、半分は間違っておりました。
正しくは
①他のスポーツと比べマラソンの心停止リスクがとくに高いわけでない
②心停止はレース後半、とくに最後1/4に多い
③死亡にいたった心停止の原因疾患として一番多いのは肥大型心筋症
④マラソンでの心停止は高齢者より比較的若い世代の人で起きている
診察でマラソンに参加される方からの相談には、血管が詰まるような動脈硬化性疾患の有無を中心にチェック、さらには生活習慣病(高血圧、高脂血症、糖尿病)にたいする指導を中心に今までは行っておりました。
これに加え「肥大型心筋症」に注意して診察にあたることが重要であることを認識いたしました。